英語で本三昧

英語の朗読を聴いて楽しんでいます。 

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by Kazuo Ishiguro


 


いつかは読んでみたかった本をようやく読み終わりました。


*思わず、物語の最後をかなり書いてしまいました。 それでもよろしければどうぞ。。。。




もう今さら説明が不必要なぐらい、よく知られたストーリーですね。 


イギリスのOxfordshireの館でButlerをしているStevensが、アメリカ人の主人から休暇を勧められ、Cornwallに住む、昔いっしょに働いていたHousekeeperMs Kentonを訪ねる7日の旅をしながら、一人称で今までの記憶をたどる物語です。 


Mr StevensButlerという職に一生をささげ、主人であるLord Darlingtonが国家の大事に腕を奮えるように最善を尽くしてきたことを、誇りに思っています。 首相や大臣、大使など華々しいゲストが頻繁に訪れる館を取り仕切っていた時代の思い出、有能で感情豊かなMs Kentonとの抑制されたやり取りを、彼は語ります。3年前にLordが亡くなり、今では、館を買い取った新しい主人であるアメリカ人に仕えることに違和感を覚えているものの、今一度、Ms Kentonが館に戻って来てくれるのではないかという期待感をもちながら、Cornwall に向かって一人旅を続けます。


を読み始めてすぐは、この物語のぎこちのないほど硬い語りかたりに違和感を覚えました。 でも次第に文体に慣れて、違和感が薄れてからは、Stevensの語りを素直にそのまま聞きながら、いっしょに昔の記憶をたどり、旅をしました。


ところが、段々と彼の語りの中に苦味が生まれ、旅が進み、車のガソリンを切らすという失態を犯して、思いがけず小さな村に泊まるようになるあたりから、彼の抑制された語りの底に彼の深い失望感がのぞいてきます。彼にとって大きな犠牲を払いながらも、誇り高くすごした月日が、大きな失意、それも非常に強い嫌悪感をもたれるような事態につながっていったことが最後に語られ、彼の失意の深さを知ることになります。


待ち望んだMs Kentonとの再会は、彼女の率直で穏やかな人柄に接し、彼にしては珍しいほど心が高ぶるひと時となるのですが、別れ際に苦い思いが残ります。
昔のことは、もう変えられない。 もしこうだったらと考えても意味がないのだから、前を向いて生きていく、という彼女に、もちろんそうですとも、と彼は答えます。でも、彼女以上に、彼の方が, もしあの時こうしていれば、あの時ああしていれば、と昔を振り返りながら旅をしてきただけに、この言葉に彼の心は砕けるのです。


最近の自分のButlerとしての技量が満足のいくものではいという現実に、老いを感じ、これからの自分に自信をうしないつつある主人公に、行きずりの初老の男が語りかけます。「一日の最後、仕事を終えてゆっくりくつろぐ夜こそ楽しいひと時であると同じように、人生の最後が一番いい時だ」と。
その言葉に一旦は自分を失ますが、やがて今まで頑ななまでに拒んできた、人と「じゃれあう-bantering」ことが、人生に暖かさをもたらすものであるならば、自分もこれからはbanteringするのも悪くはないじゃないか、と考えます。


私も、人生の折り返し地点はもう過ぎたな、と思い、今までに「選ばなかった道」を思い返し、「もし」と考えることがあります。人生という道の、今までとこれからを、ゆっくりと考える作品でした。


ところで、この本を読みながら、このStevensの一人称の語りは、彼の中の半分だけしか語っていないのではないか、ということを強く感じました。
たとえば、私が英語で読書をしている時、「もっと集中して読まないとだめじゃない」と理想の姿に向かって自分を叱咤激励する「私」と、「だってこの英語複雑で難しすぎて集中なんてできない。。。」と本能的に反応しようとする「私」がいます。 一人称で語る物語の多くの場合は、両方の「私」をある程度まぜながら語ると思うのですが、この物語のStevensは、最初の「私」だけしか存在を許さず、自分の本音の中ですら、2つめの「私」があることを認めることを頑なに拒んでいるように感じました。


建前と本音というような区別ではなく、本音の中にも建前しか許さない、という感じです。日本の武士の精神と似ているような気もしたのですが。。。。
そうやって、一生を暮らすって、厳しい選択ですよね。しかも誇りをもっていた自分の存在意義が否定されかねない事実に直面しているのですから、Stevensの心の重さは推し量りようがありません。


この物語の英語は、堅い表現が多いと同時に、ラテン語系と思われる教養語がちらほらと登場します。 評判通りの美しい英語だと思うと同時に、英語のスタイルで読者に多くのメッセージを伝えることができる、Ishiguroの作家としてのテクニックも感じました。Ishiguroは、この本を1989年に書いてから今までの16年間で、たった3冊しか出版していないのですね。彼の本が、一読して感じる以上に、緻密な設計によって書かれているのだろうと思い、それがこの後のNever Let Me GoWhen We Were Orphansに色濃く生かされていることを、改めて感じました



最後に、1990年にKazuo Ishiguroがアメリカ人のジャーナリストに答えた、音声のインタビューをご紹介します。 スクリプトがついていないし、声も小さめで聞きにくい上、55分という長い録音なのですが、とても面白い内容です。 前半は、日本人である彼がイギリスで成長していく際の戸惑いについて語られ、後半でA Pale View of Hills The Remains of the Dayについて詳しく彼の考えを話しています。特に. The Remains of the Dayについてはここまで種明かしをしてしまっていいのかな、と思うほど率直に彼がこの物語で伝えたかったことを述べます(全文を聞く時間がない方は、28分あたりからどうぞ)。 インタビューアのアメリカ英語とIshiguroのイギリス英語の対比もちょっとおもしろいです。

コメント

インタビュー聞きました!

インタビューをさっそく聞いてみました。
冒頭の彼の生い立ちに関してはこんなに詳しく知らなかったので、非常に興味深かったです。
どんな風に日本語と英語をとらえているのか、学校内で唯一の非イギリス人として育った環境、幼い頃に去った日本への思いが彼を書くことに向かわせたこと。私ごとですが、うちの旦那も国は違うけれど、似たところがあるのでこの辺のお話を聞かせてみたいと思います。

"The remains of the day"に関しては翻訳家の柴田元幸さんとの対談で、たしか似たようなことをおっしゃっていましたが、さらにつっこんで何故メタファーとして執事を使ったかまで説明してくれていて、大変面白かったです。"A pale view of Hills"もぜひ読んでみたいと思いました。
ご紹介ありがとうございました。作家の選ぶ言葉って本当に的確で奥が深いですよね。集中して聞き入ってしまいます。

それにしてもDillさんの感想もすばらしいです。
私なんかこんなに深く読めてなかったんじゃないかと思います。Kazuo Ishiguroのインタビューで本の種あかし?も聞いたことだし、いつかもう一度読んでみたいなと思います。

Hazelさん、
私も彼の子ども時代のエピソードをとても興味深く聞きました。彼も敬語で苦労したのか。。。とか。彼は2つの言葉を使っていたことで、一層英語にを深く理解できたのでしょうね。Hazelさんのご主人も2つの言葉の間で育たれたのでしょうか。私も、2つの言葉の間を揺れ動いている我が家の子どものことを考えました。。。。彼らは大人になったら何人として何語を使うのかな。。。。???
Remains of the dayの種明かしも、「ほほー」でした。このインタビューを聞いてからこの小説の最後だけちょっと聞きなおしたのですが、前は何とも思わなかった部分で、いろいろ感じました。 本当に、深く、深く考えている作家だな、と感じ入りました。

インタビューを聞いてから、コメントをと思っていたのですが、なかなかゆっくりとインタビューを聞く時間がとれず・・・The Remains of the Dayを読まれた方のレビューをいくつか拝見しながら、同じ本でも、読まれた方の立場によって、感じる部分が違うんだなと思わされます。私もずいぶん前に読んでいますが、そのときと、今とではまた違った読み方になるのかなと思います。

Dillさんがご自分の人生と照らし合わせながら、読まれた感想を拝見して、こういう質の高い読み方をしなくちゃダメだなぁと思わされました。ついつい読み急いでしまって、じっくり味わいながら、自分に問いながら読む・・・ということを忘れてしまいます。

michiさん、
何をおっしゃるのですか、私こそmchiさんの感想を読んで、いつも感心してます♪
この本については、正直なところ、かなり身構えて読んだところがあります。
この3ヶ月でNever Let Me GoとWhen we were orphansを立て続けに読んで、Ishiguroさんの作品で、いつも主人公の語り口に惑わさてれた(いい意味で、人が悪いIshiguroさん!)ので、今度は主人公の語りを聞きながら、客観的にはどう見えるのかな。。。と疑い続けながら読んでいたとろがあります。 それがいいか悪いかわからないのですが、同じ作家を続けて読むと、そういうことありますよね。もし、発表された順に、これを最初に読んでいたら、きっと全く違った感想になったと思います。
Ms Kentonのことも、間が悪くて、Butlerの職と両立しなかったように彼は回想しているけど。。。でも彼女との恋を成就させようと心に決めて、ちょっとだけ彼の殻をやぶっていたら、きっと違った人生だったろう、という気がして仕方がないです。(おせっかいかな)
読み終わるまで見ないようにしていた映画を見たところです。 本の印象よりずっと華やかな邸の生活の描写を見ながら、この映画は、Stevensの物語りであると同時に、ほろびゆく昔のイギリスへの鎮魂歌みたいでもあるなぁ、と感じたことろです。お話の視点はかなり変えられているけれど、これはこれで、情緒があって、とても良かったです。

上のエントリーとは関係ないのですが、Dillさんが以前、紹介されていたJacqueline Wilsonが、自分の子ども時代について書いた本が出版されるそうで、ガーディアン紙に自らの本について語っています。

http://books.guardian.co.uk/review/story/0,,2019762,00.html

michiさん、
教えてくださって、ありがとうございます。
むむ、面白そうですね。 出版されたらぜひ読んでみます。Gardianの記事も面白く読みました。
ところで、イギリスは、日本より自伝とか伝記が多いような気がするのですが、そんなことないかしら?本の宣伝の小冊子などを見ていると、いろんな人の自伝があって、へーっと興味深く思います。

Dillさん、初めまして。少し前からお邪魔して、素晴らしいレビューを楽しませていただいています。私もこの本を昨年読んだのですが、Ishiguroのインタビューを聴いて、私が抱いていたStevensのイメージそのものを語ってくれていたのでなんだか嬉しく思いました。まだ前半を聴いていないので時間がある時に楽しませていただこうと思います。情報ありがとうございました!
また遊びに来ます♪

Mufferさん、こちらこそ初めまして。
今Mufferさんのブログにおじゃましてきました。 とても丁寧に本を読んでいらっしゃるんですね。同じIshiguroのNever Let Me Goの感想にとても共感しました。 あの本を読み終わってしばらくたつのに、現実の風景などと重なりあわせて、ふっと、本の中のシーンを思い出すことがあります。 そこまで印象的な世界を残していくIshiguroは不思議な作家ですね。 もっとたくさん書いて楽しませてほしいなぁ。
これからも感想を読ませていただくのを楽しみにしています。

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Dill

Author:Dill
イギリスのロンドン郊外に住んでいます。 
本は大好き。読む本がなくなると落ち着きません。
とうとうまわりに日本語の新しい本がなくなってしまったので、英語の本を楽しみたいと思っています。

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