英語で本三昧

英語の朗読を聴いて楽しんでいます。 

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昨日は、日本の英語についての調査報告をたくさん読んだのですが、
そのうちのひとつにびっくりしたので、ご報告。
中学生って、英語が嫌いな子がすごく多いんだ・・・

2009年の1-2月にベネッセが調査した、
公立中学に学ぶ、2年生2967人の英語に関するアンケート結果です。

まず、どの教科が好きですか、と聞いたところ、
9教科中、英語の人気はビリから2番目、英語が好きと言った生徒は25.5%。
ビリが国語の25%だから、言葉系に人気がないのねぇ。
数学(32.8%)より人気がないって、そうなんだぁ・・

言葉はすべての基本、言葉に興味がないというのは怖いと感じます。
でも、英語の文法が嫌っていうのはわかるとしても、
いったいどうして国語までそんなに人気がないんだろう??

今まで、英語の言葉の面白さを伝えられれば、きっと英語が楽しくなる、
と思っていたけど、勝手な思い込みだったのだろうか?
今の中学生にとって、言葉って、そんなに難しいのだろうか?

ちなみに、好きな教科の一番人気は保健体育で、
5割以上が好きというのは、いいねぇ、健康的で。 
肥満が深刻なイギリスの中学では、体育嫌いが多すぎるのが問題なんです。
日本の人気教科は、続いて、音楽、社会だそうです。

次に、中学2年生で、英語の授業がわからない、と言う生徒がすごく多いことに驚いた。
クラスの60%が、半分ぐらいかそれ以下しかわかんない、と思っている。
クラスの1/4以上は、30%ぐらいしかわからないし、
クラスの10%近くは、ほとんどわからない、と言っている。
これじゃあ、生徒も苦痛だし、先生も苦痛だろう。
rikaido.jpg
信州大学酒井準教授の分析より引用



この調査が行われた、中2の3学期の時点で、
英語が苦手だと思っている生徒が60%。
そして私が一番驚いたのは、英語が苦手になっていく時期が、
ほとんど中学一年生の時だということ。
英語が苦手な生徒の半分は、中一の夏休みごろまでにすでに嫌い、
一年の終わりまでに、そのうちの75%がすでに苦手になっている。
中学2年のあたまに、また英語が苦手な生徒が増えて、
あとは、少し増えるだけ。

一年生のはじめには英語をやるぞっと、期待が大きいのに、
その最初の一年で半分近くが英語が苦手になってしまう。


nigatejiki.jpg
信州大学酒井準教授の分析より引用



英語でつまずく理由は、文法、テストの点、英語を書くことがトップ3、
やっぱり文法というのは、鬼門なのだなぁ。

tumazuki.jpg
信州大学酒井準教授の分析より引用


今の中学の英語は、授業時間数は減ったし、
会話重視になったぶん、文法が軽視されがちで、
昔に比べて語彙もへったし、全体的に簡単になったと言われている。
日本の中学生の英語の学習レベルは、韓国の同学年よりかなり低いとも言われている。
だから、ゆとりで余裕ができた分、理解度は高いのだろう、楽しさは増したのだろうと、
漠然とイメージしていたけど、違うみたいだ。

中2の生徒たちが英語を勉強する理由については、
大方の予想通りなんだろうけど、試験や受験のために「やらなきゃいけない」、という
外からのプレッシャーで勉強する生徒が多い。

naze.jpg
ベネッセのデータより作成

英語自体が楽しいと感じている生徒は、少ないなぁ。
言葉の学習は、地味な積み重ねが必要だから、楽しくないと思う生徒が多いのはわかるけど、
でも、英語を使う楽しさってあると思うし、それを中学生が感じることができればすばらしいと思う。


就職に役に立つ、海外旅行で使いたい、視野を広げたい、といった、
国際語としての英語が自分の未来を広げてくれるという感覚は、
今言語学の研究で、言語学習の強力な動機付けになると議論されているけど、
日本では、半分から1/3ぐらいの生徒しか、勉強理由になると思っていない。
上のような選択肢にするととどうも陳腐に聞こえるけれど、自分を英語で表現できるようになることで、
自分の可能性が広がるというのは、ものすごく面白いと思うんだけどなぁ。

日本の多くの中学生にとって、英語を勉強する本質的な理由が感じられない
ということなんだろうか。

実は、インターネット上に書かれた、日本語の英語論争を読んでいて、
日本では国内に住む限り、英語を使う必要性がすごく低いから、
日本では英語を必修にする必要はない、
選択教科にして、やりたい人だけがみっちりやるのが効率的だ、という意見が、
それほど多くはなくても、けっこうあるのにびっくりしました。
えっ、こんな、というような、何かの分野でかなり活躍されている方の発言もありました。

これからますます国際化が進むのがわかっているのに、
英語を全く知らない日本人を育てていいと思う人がいるのに驚いたのですが、
これほど英語嫌い、英語がわからないという生徒が
中学の最初の一年で増えていく状況では、
そう考える人がいることも、それなりに理由があるな、と思いました。


英語を始めて最初の一年で、
半数近くが、英語が苦手でわからない、と思ってしまうとしたら、
日本の学校英語って、やっぱり何か間違っているのだろうか。
それとも、英語って、本質的に、それほど難しくて、面白くないのだろうか。
中学生がこんなに英語を苦手だと思っていることは、教育関係の方にはもうよく知られたことで、
いまさら、目新しいことではないのだろうか。

日本の大人が英語が苦手だ、と嘆く前に、
中学生が出だしでつまずかない方法を、
真剣に考えないといけない、と思いました。
だって、英語は長い付き合いをしないと身につかないから。

ちなみに、この調査には先生へのアンケートもあります。
これだけ中学で生徒が英語がわからないし、嫌いだといっているのだから、
中学の先生方は、小学校で英語が始まれば、
うまく連携して英語嫌いを減らすチャンスと、歓迎しているかなと思って読んだけど、
中学の先生方は、小学校の英語導入に、ほとんど期待していないみたい。

小学校で英語が始まって、どういう変化がおきると期待するかという質問では、
中学の英語がスムーズになると思う先生は42.1%
大人になって英語が使える日本人が増えると思う先生は、24.3%しかいない。
この数字って、期待しないと感じる先生がそれぞれ、58%、と75%ということです。

小学校に英語を導入するのは、中学の英語のスキルを一足早く勉強するためではなく、
英語に慣れて中学英語への準備をしたり、
長期的に英語が使える日本人を増やす目的だ、と決めているのに、
その根本的な目的に、中学の先生方が期待しないとすると、
小学校の英語の成り行きに、かなり悲観的なのだ。なぜ?
それとも、中学の英語に悲観的なのだろうか?

う~ん。
私はこの調査を読んでまず感じたのは、
とにかく半分近い中学生が、最初の一年で、
なんで英語が嫌い、英語がわからないと思ってしまうのか、
もっと深く調べて、知恵を集めて、
どうすればいいか真剣に具体的な対策を立てて、実行してほしいなぁ、ということでした。

そして、せっかく小学校で英語を必修にするのだから、
中学の先生が知恵をあつめて、小学校の英語の時間を有効に使って
中学の最初の一年の英語嫌いを減らす提案をしてほしい。

たとえば、文法が中一で英語につまずく大きな原因なら、
それ以外の小学生にあった活動、たとえば小学校で発音の土台を作ることをきっちり決めて、
中学では発音にかける時間を減らせる分、文法の理解にかける時間を増やすとか、
中学一年で重要になる英語の文型を、小学校にあった状況設定で文として使ってみて、
文法の勉強に入る前にその文型に親しんでおくように小中の連携を考えてみるとか・・・
工夫の次第があるような気がする。

中学、高校の英語教師向けの情報を読んでいると、
「これからは中学校の英語教師は小学校英語の動向を把握しなければいけないし、
高校の英語教師も無縁ではない。」と、小学校は小学校のレベルで教え、
一応省が稿の情報は仕入れつつ中高は中高で教える、みたいな(失礼!でもそう私には気こえます)
突き放したトーンしか見えないのですが、どうして小・中・高で積極的に協力して、
日本の子どもが受ける英語教育を良くして行こう、という雰囲気が生まれないのか、ちょっと不思議です。

そして、日本の中学で到達度別クラスが行われているかどうか知らないけれど、
これほど英語がわからない生徒が多いなら、中学2年生ぐらいからは
習熟度別、あるいは、難度を選択できるようなクラス編成にすることが必要なのではないかと思いました。
クラスの半分が、授業の内容が半分しかわからないというクラス(定員40人ですよね?)では、
先生も教えるのが難しすぎるだろうし、好きな子もつまらい、嫌いな子ははわからない、
だれにとっても、不幸なんじゃないだろうか。

ちなみに、この調査は、3000人近くの生徒が回答していて、
対象になる生徒も全国的に分布するように、
配慮して選んでいます。
しまじろうのベネッセだから、ビジネスプランに役立てるのが第一の目的だと思うけど、
調査の設計やデーター分析は堅実で、信頼性は高いと思います。
どうせビジネス目的の調査と思わずに、このデータをまじめに考えなくてはいけないと思うけど、
どうなんだろう?

コメント

こんにちは。日本はそろそろゆとり教育が終わって、小学校でも英語が導入されはじめます。私は英語はこれから絶対必要だと思うので、少しでも身についてくれるといいなという気持ちです。
さて、私が感じる日本の教育の問題点は、例えば小学校と中学校の学習がリンクしづらいこともあるのではないかと思います。中学校では、高校受験を乗り切らなければなりません。これは英語に限ったことではありませんが、小学校で楽しく英語に触れても、中学校では受験用に文法や長文読解をこなさなければならないので、そういう意味では小学校の英語に期待できる部分が少なくなるかな、と。(小学校のときは楽しかったけど、その後はなんだかな、みたいな)英語学習の初期に、4線上に正しく書く、というのもあります。それもそんなに必要なのかなとわたしは思います。英語は学校で教えるべき、でも受験課目にしない、というのが一番使える英語への近道ではないかと思います。
国語ももっと親しんで欲しいですよね。ぐじぐじ教材をいじくりまわさないで、たくさんの文学や評論を読ませる。それから、ときどき読解と表現が一緒くたに論じられることがあるのですが、しっかり分けて、もっと表現すること(自分の伝えたいことを正しく確実に)にも時間を割いてほしいな、と一中学生の母としては思います。

すごい量のデーターをありがとうございました。先日、日本の若い子達から洋画の英語字幕が嫌われているとTVで言っていました。つまり、吹き替えに走るか、邦画の方が人気があるとか。これも英語嫌いという現状も影響しているのでしょうか?
良くわかりませんが、英語をいわゆる学習という括りになっているところにも問題があるように思います。もちろん、学習ですし学問のひとつですが、母国語を話すように、第2言語、第3言語という位置づけになればいいな・・って思うのです。英語絵本の読み聞かせ・・みたいな会があって、英語絵本のリズムを楽しむのかと思えば、やはりどこかそこには塾的な英語が存在している。最初はなんだかわからなくて参加していても、そこに親や主催者の意図を感じた時から、嫌悪感となる・・・。そんな気がします。国際社会といえども、やはり島国日本かな?若い頃、ヨーロッパを旅した時、オランダで出会った若者に、どうして日本人は英語が話せないのか?必要ではないのか?と問われた事を思い出します。

衝撃と同感と、、

英語好きが第一でないなんて、高校や大学の入試で必要だから、、親に怒られるから、、なんて。
でも、心当たりはあります。今、小学校でも、英検の級を受けるというのが、すごく一部の親、塾などでは当たり前になっています。私は、田舎に住んでいるんですが、Kという昔からある塾が幅を利かせていて、小学校で英検を受けてるといえば、ほとんど9割がK出身です。
だけど、試験終わった後の、その子たちの自信のなさといったら、、(私がみたのは、たまたまその子たちだけだったかもしれません)
ヒアリングが全くわかっていないんですよね。エレベーターの絵で、ここは4階です。とかそういうのを選ぶのに、これはペンです。を選ぶみたいな。
もう、目も泳いでるし、途中であきらめてるし、見てられないって感じでした。
英検の合格基準も、3-5級では、20問以上間違えないと落ちないのです。
下手したら、自分で得意だと思ってないのに、合格してしまうんですね。
何の為に、英語を勉強するのか、楽しめないのなら根本的に間違っていますよね。
受験の為、、有利になるから、、先取りで、、それで、塾に丸投げするなんて、、私自身、英語の資格は、準一級までですが、他にも持っていて、どうしても自分よりできる人しか、子供の英語は、任せる気になりません(big toes や、スカパー、Librivoxが先生です)
ネイティブの先生も、良い人たちですが、教育という点では、素人なので、まかせることができません。
娘が喜んでいる限り、自分たちで地道にやっていくしかないようです。

長くてすみません

今晩は~
英語という教科は、中学生にとって、さっぱりわからなくて、イヤな教科であることは間違いありません。この原因は、受験システム、旧態依然とした教師中心の講義式授業とその中でのテストによる競争、教科書を含めた教授内容、教授方法、日本の言語環境の特異さ、などなどが複雑に絡み合ったものだと思います。受験やテストのためにただ覚えたものは、すぐに忘れ去られます。記憶には定着しない。身には付かない。ましてや使えるようにはならない。
記憶が定かではないけれど、前々回の指導要領改訂で、中学校の英語が週3時間に減らされて、その分教科書が薄くなって、繰り返し学習したり繰り返し語彙に触れたりする回数自体が減ったこと、週3時間ということは、学校行事などが間に入ることで日が空き、言語学習に必要な毎日の繰り返し学習ができにくくなるということ、などなどの問題が指摘されたのです。前回の改訂では、ゆとり教育だかなんだかよく分からないけれど、簡単で基礎的な内容なら、少ない時数でも、多くの子がクリアできるという仮説のもとに内容を減らしましたけれど、それは誤りであったと言わなければなりません。先頭に立ってあの政策を推進した文部官僚達は、どう責任をとったのでしょうか。
私は、小中高の英語教育の目的は、日本人の英語学習上の隘路や困難を十分に分析した上で、日本人に必要な内容を日本人に合った方法で、あるいは、日本人が強化しなければならない要素に焦点を絞って、あるいは、その人が将来英語を本格的に学ぶ必要を感じたときに助けとなるような内容をカリキュラム化する必要があると考えています。そう考える訳は、日本語と英語が言語的にも文化的にもあまりにも離れた言語であるので、単に言語だけを学ぶのではなく、日本語との文法、語彙、発想、文化的背景なども併せて学ばなければ、理解できないと思うからです。
それなのに、教科書の内容は薄くなり、週あたりの時間も少なくしてきたのは、いったいどういうことなのか、理解に苦しみます。
今度の改訂ではそれでも週4時間にふえるのですが、問題は、コミュニケーションという言葉が、きちんとした定義もなしに曖昧に使われていることにあります。

Re: タイトルなし

ちびママさん、こんにちは。

お子さん中学生なんですね、私も子どもが中3と高2です。
この年頃の子どもの教育もまたいろいろあって、考えることがいっぱいありますよね(笑)

私はここ数十年(笑)日本の高校受験の英語問題を見ていないし、
高校受験の英語も変わったと聞いていたのですが、まだ古いスタイルの受験英語が幅を利かせているのでしょうか?
う~ん、変わってほしい!

私は受験科目にしない、というより、受験の英語問題の質を上げるのがいいと思うのですが、
どうでしょう??

私、このごろつくづく思うのですが、日本人って、もしかしたら試験が好きで、
試験のために勉強するというのが好きなのかもしれなと感じるのですが、間違いかしら???
だって、小学生で英検受けたり、大人の英語学習でTOEIC受けたり、すごくはやってますよね。
漢検もはやっているし・・・・

特に英語の場合、日常生活で英語を使う機会がほとんどないので、
せめて英語の資格試験でもうけないと、進歩が実感できない、目標がもてない、
というのがその理由だとは思うのですが、ここまで英検やTOEICが流行るのを見ると、
試験をなくすより、試験の質を上げるほうが、日本人全体の英語力向上になるんじゃないかというのが、
私の最近の気持ちです。私は個人的には試験が大嫌いですが・・・

ただ、中学や高校で、入試のために、意味不明の英語をやるのって、
ばかげているし、子どもたちかわいそうだし、英語嫌い作っていますよね。
入試の英語の質を上げるために、先生方にぜひ研究をすすめていただきたいです。
まずは、大学入試をもっと大胆に改革を! そうすれば、高校入試も変わるのでは。。。?

Re: タイトルなし

PBさん、こんにちは。
そうですね、英語を楽しむということと、英語のめんどうな訓練もある程度我慢してやる、という両輪を
どちらも、うまくできるような環境を作れるといいですよね。

私が師事したいなぁ、と思っている先生は、英語の勉強を
食事を食べるのに、甘いものや、肉みたいに好きなものだけでなく
Green Vegetableも食べるようにすることに似ていると、比喩していました。
偏食がはげしく、マクドナルドのハンバーガーからレタスやトマトを抜き出す子どもがいっぱいいる
イギリスらしい考え方で、感心したのですが、でもこの考えはすごくわかりやすいと思いました。

EUではすでに小学校で第一外国語を始め、中学卒業までに第二外国語を勉強することを
すべての国ですすめていて、外国語力をLanguage Passportとして発行しているらしいです。
別に競争しているわけではないですが、この世界の動きが、将来の世界をかなり変えていくのではないかなぁ、と思います。 
それにしてもオランダ人、外国語うまいですよね。 

Re: 長くてすみません

おはようございます!

そうなんですね、この調査で英語がすごく嫌われていることを知って、ショックでした。
でも、現場の先生方には、いまさら何を言っているというほどの、よく知られた事実なのでしょうか。

私はインターネット上で、熱心に英語教育に取り組まれている多くの先生方のブログなどを読んできたので、
英語の教え方がかなり改善されているという印象を受けていて、
内容が薄くなったという問題はあっても、現在の学習内容はかなりうまく教えられているという
イメージをもっていました。

いまどき、効果的な教授法という情報はちまたにあふれているので教え方はいくらでも変えられると思ったのですが、
多人数学級、少ないコマ数、受験英語のひずみ、少ない予算というような外枠の改善がされないと、
なかなか現場の先生が授業を変えていくのは難しいという、古くからある問題がはやり
大きなネックなのでしょうか。

上のような制度上の問題とは別に、日本の英語学習の特異性は、私も大事だと思います。
「日本語と英語が言語的にも文化的にもあまりにも離れた言語であるので、単に言語だけを学ぶのではなく、日本語との文法、語彙、発想、文化的背景なども併せて学ばなければ、理解できないと思うからです」というのは、
私も同感です。

この部分を中学校の時間数で十分できないとしたら、
小学校で、年にあわせた形でこうした問題を考える機会を作り、
その後中学でさらに発展させていくのがいいと思ってきました。
今の小学校の英語の指針にある、英語に触れながら、中学以降の英語の素地を作る
というのはまさにこのことかなぁ、と思っていたのですが、
違うのでしょうか。

コミュニケーションという言葉が、日本語でどう定義されているのか、
私もあいまいだと思います。
というより、英語のできる日本人の指針の定義があいまいで、
日本の英語教育が何をめざすのか、もっと具体的で誰もが同じイメージを持てる定義が必要だと思いますが、
実は、書いている文部科学省も、その具体的な内容ははっきりしていないのかも?と
思ったりもします。グローバル化の中で国際人に必要な英語って書いてあるけど、
具体的に何を言おうとしているのかなって。

Re: 衝撃と同感と、、

Re: 衝撃と同感と、、
そうですね、この調査の英語の勉強をする理由を見て、私も考えこみました。
入試で必要とか、中学でやらなくちゃいけないから、という理由しか中学生が感じられないとしたら、
それは、大人の責任ですね。

日常生活に英語がほとんど必要ない日本では、英語を学ぶ理由を実感する機会をどう作るかは、
とても大事だと思います。お隣の韓国の英語学習の調査を読んでいたら、英語村がいろいろとあって、
そこで英語キャンプをしたり、料理や工作を英語でしたりと、ミニ留学みたいな経験をする機会を与えて、
生徒に英語を勉強する楽しさを感じさせるそうです。 
今の日本ではどういう機会があるかな・・・と思うのと、あまりないような気がします。

mellovemaさんのお嬢さんは、ママといっしょに英語を楽しむことができて、とても幸福ですよね。

嫌いな方が普通では?

Dillさん、おひさしぶりです。

私は小学生から大人までの英語教室を運営していますが、本当は日本から塾などという物がなくなる事が理想だと思っています。

またまたフィンランドを持ち出してしまいますが、ヨーロッのパ言語圏の中では特異な言語であるフィンランドを話すフィンランド人にとっては、英語学習は日本人と同じくらい難しいと言われていますが、学校だけの学習で高校卒業時には普通に会話できるようなレベルまで教育が行われている事は注目すべき事だと思います。(しかも授業時間数は日本より少ないのに教科書は分厚い)

日本と決定的に違う事は受験目的の英語ではないこと、将来の生きる力になるという目的(その他の科目でも)で行われている事だと思います。

今の日本の英語教育では将来の夢が見られません。受験でいい成績が、とか、将来いい会社に入れる,とか言うのはもはや日本では夢ではありません。ほとんどの子どもにとっては現実的ではない話です。

教師も学校も子どもたちに夢を与えるような大きな視点で教育が行われていないのではないでしょうか。

幸い私の教室に通って来てくれる子どもたちは、英語が楽しい!本が読める様になった!と言ってくれています。
中学生も文法だけでなく、読む事が中心ですが,話すという事も必ず入れています。そうする事で英語が使えるという自信になるようです。
高校生になると多読でインプットした分をアウトプットさせようと会話を中心にしたレッスンになっています。少人数だからこそ出来る事です。

1クラス40人ではとても会話などできません。英語で世界の事を話すなんてできません。
まずはクラス人数を20人以下にすることが必要ではないでしょうか。
私が見たフィンランドでの英語(その他の言語も)の授業はすべて10人以下でした。
中学生がどんどん読んで,どんどん先生と話す様子を見て、これが現実に出来るのだから日本でも出来ないはずはないと思いました。

まだまだ遠い夢のような話ではあります。

Re: 嫌いな方が普通では?

katakuriさん、こちらこそお久しぶりです。 コメントありがとうございます。

学校での英語教育を身近でみていらっしゃるkatakuriさんにとっては、英語がきらいな中学生が多いのは、
当然に感じられるのですね。 そうなんだ。。。
私は、ずっと日本を離れていて、ずいぶん学校英語が変わったと聞いていたので、
この調査の数字がかなりショックでした。

確かに、40人学級というのは、語学には多すぎますよね。(他の教科にも多すぎと思いますが)
子どもの数がどんどん増えているのならまだしも、少子化で子どもが減っているのだから、
クラスを小さくすることができないことはないように感じるのですが・・・

将来の生きる力になるという目的ということ、本当にそうだと思います。
私も、英語がどう将来の可能性を広げることができるか、もっと生徒といっしょに考える機会があっていいと思うし、
今英語がどう使われているかも、実は日本ではあまり知る機会がないのではないかとも思います。
こうした情報を、もっと子どもの目線で伝えることが、大事なのではないかとこのごろ感じてます。

そういえばkatakuriさんのフィンランド訪問の感想を、興味深く読ませていただいたのを思い出しました。
フィンランドは、私も興味があって、いつか行って先生方と話してみたいと思っています。

塾はないほうがいいとは思うけど、でも英語の楽しさを感じさせてくれるkatakuriさんのような教室って、
とても大事だし、生徒さんも幸せだと思います!

続きです

日本の公教育における英語教育に、第二外国語習得理論、及びその教授法を直接導入しても、うまくいかないと思うので、反対です。やはり、日本の言語環境では、外国語として学ぶということが向いているかと思います。(というか、過去2回の改訂で、中学校の英語の内容を会話中心的なものにして、一層英語嫌いが増え、センター試験の平均点数も下がっていることから考えれば、第二外国語習得理論を直接採用しても、有効でないということは証明済みかと思います。)私は、団塊の世代の一回り下なので、中、高で文法やら英作文やらをたらふくさせられた最後の年代かと思われます。そのおかげで、英会話を習い始めた時は、音声やストレス、語用、文法の細かな点では間違いありましたが、大枠では大丈夫だったと思います。特別TOEIC用の学習をしていたわけでもないのに、最初の受験時のスコアは700でした。
日本語との違いの大まかな知識がないまま、文法や音声、語用、社会言語学的な要素を一つ一つ覚えていかなければならないとしたら、それは、イヤになるでしょう。しかも、それを覚えても、直接日常生活には何のメリットもないのであれば、なおさらです。日常生活では英語を使わなければならない必要性はゼロですから。
直接日常生活のために役立たなくてもいいから、受験のための英文法でも語用法でも英作文でも発音でもいいから、その後の英語学習に役立つ基礎的体系的知識をたたき込むことが必要なのではないでしょうか。それにプラスアルファして、会話やスピーチなどで通じる喜びを体験させるということをすることで十分ではないでしょうか。

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Author:Dill
イギリスのロンドン郊外に住んでいます。 
本は大好き。読む本がなくなると落ち着きません。
とうとうまわりに日本語の新しい本がなくなってしまったので、英語の本を楽しみたいと思っています。

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