英語で本三昧

英語の朗読を聴いて楽しんでいます。 

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前回は、英語で意見を書いたり、発言できることが、今の子どもたちが大人になる頃には、とても大切になると思うと書きました。
その中でも、英語で書くことに、私は今一番興味をもっています。
まず何より、書くということの役割がここ数年で大きく変わったし、これからもどんどん変わると感じているので、刺激的で面白いと思うのです。
インターネットができて、個人が、個人の資格で、自分の意見を書いて、多くの人に語りかける機会が大きく増えて、書くことがずっと楽しく、身近に、そして重要になったと思います。

書きの役割も、相反する2つの方向が活発になっているのが面白いです。 Twitterや、Facebookや、携帯のテキストみたいに、ぱっぱっ、と書く短時間のコミュニケーションと、メールやブログで、相手に自分の考えを示して、説得しようとする、じっくりしたコミュニケーションが、どちらも怒涛の勢いで増えていますよね。こんなこと今までなかった。
 
これからインターネットで世界を相手に何かしようとしたら、どっちも大事だろうけど、じっくり説得型の書きの方が基本だと思うし、私は今、こっちに興味があります。

ところで、去年修士コースを終わってから、後輩にあたるイギリスの大学院に留学中の日本人学生数人に、英語のEssayの書き方を個人的に教えていたのですが、この経験が私の興味をさらにかきたてました。 家庭教師みたいに、一年個人指導をしながら修士論文の提出までかかわってみて、英語のEssayの書き方を教えるつもりでも、実は、ほとんどの時間、日本語で、Essayの基本を教えることになったなぁ、と感じました。

つまり、「自分の意見と事実を書き分ける」、「自分の言いたいことを書いたら、必ずそのサポートを書く」「段落はひとつのテーマにしぼる」、「議論は論理的に展開する」などなど、英語だから必要というより、何語であろうと、相手に自分の意思を伝えるなには必ず考えるべき基本を繰り返し、説明し、直すことになりました。 日本語で習わなかった?と聞くと、習った覚えがないなぁ、と言われました。 そういわれると、私も大昔の日本の学校にいたころは、Essayの書き方なんて習わなかった・・・少なくとも、習った覚えがないです。 今の日本の学校でも教えていないのだろうか?と思いました。

もともと、みんなが同じ価値観をもっていることを前提に、お互いに察しあうことを好み、率直に相手に反論したり、議論したりすることを避ける日本文化と、みんなの価値観が違うことを前提に、理詰めで相手を説得する英語文化(国際文化)では、コミュニケーションスタイルが違うけど、その違いを前提に英語で書く、話すということが意識出来ていないのですね。 

日本の学校でも、論理的に相手に意見を伝える目的の作文の勉強を強化するようになったと、TVで見たけど、まだまだ一部だけの話なのかな。もちろん、多くの方が日本語で理論的な文章を書いているけれど、小学校、中学校、高校ぐらいでは教えていないのかな? 日本の国語教育には、まったく縁がなくなってしまったので、想像するばかり。 日本の国語教育事情は、私としてはもっと深く知りたいテーマのひとつです。

とにかく、英語で自分の意見を書けるようになるためには、単に文法的に正確な英語の文を書き並べる練習では不十分で、むしろ、最初から文法を考えすぎて作文をしていたら、木を見て森を見ず、全体として変な英語になりかねない、と私は思います。 英語の書きと話しの訓練とは、まず、英語の(異文化との、と言う方が正確かな)コミュニケーションスタイルを学ぶことが基本だと、つくづく思うようになったわけです。 

私が、去年イギリスの大学院で修士論文を書く際に、Essayを書くのにあまり困らなかったのは、ウチの2人の子どもがイギリスの学校で出される英語の宿題を、小学校から高校まで、ずっと見続けてきたからです。 イギリスの教育制度では、書く訓練が徹底しています。とてもはっきりした全体の目標とレベル別の到達目標がきまっていて、わかりやすく、システムもしっかりあり、小学校からずっと、繰り返し、繰り返し訓練します。 英語の文章はネイティブだから自然に書けるようになるんだろうと思ったら大間違い、膨大な量の訓練をして、鍛えあげるのです。

しかも、この訓練は、大学や高等教育に学ぶ一部の人のものではなく、小学校の低学年から、16歳の義務教育終了まで、すべてのイギリスの子どもが、本格的に学ぶのです。 たとえば、小学校5年の頃の息子の宿題には、修学旅行にどこに行ったらいいか、校長先生にプロポーザルレポートを書けというのがありました。 まず背景をリサーチをして、修学旅行の目的を分析し、その目的にあった場所を選んで、その理由を整理し、そして校長先生を説得する目的でレポートを書くわけです。 書かれた内容は、子どもっぽくかわいいものでしたが・・・たとえば、日本に行って、秋葉原のゲームセンターで最先端のゲームを楽しむと、世界の最先端技術に理解が深まるとかね。

中学3年になった息子が先週書いていた2000字の英語のレポートは、コメディの言語スタイルを比較分析するというテーマでした。 女装で登場する人気コメディアンが自分のTV番組(Fxxxなんて言葉が続出するけっこう過激なものです)で使う英語と、彼が人気インタビュー番組(日本で言うとタケシのインタビュー番組みたいなものかなぁ。イメージが古いですが・苦笑)でインタビューされた時に使う英語を比較して、同じコメディアンが、違う目的の番組では、言葉の技術をどう使い分けるか、目的はちがっても何は共通しているか、それは何故か、を分析して、議論するというものでした。
上の例は説得の練習で、下は比較分析の練習です。

テーマはいろいろあっても、小学校の中学年ぐらいから義務教育終了まで、Essayの基本要素とルールはいっしょで、学年が上がるにつれ、どんどん洗練され、複雑になっていくのです。実は、英語の授業だけでなく、地理も、歴史も、化学も、宗教学も、美術や音楽でさえ、こうしたルールに従ったEsseyを書く訓練が授業の中心にすえられています。中3の息子の場合、全教科の宿題をあわせると、一ヶ月に4-5本ぐらいのEssayを書いていて、イギリスの教育は書くことが中心にすえられていると思います。そして、高校、大学は、この基礎の上に成り立っているのです。 同時に、小学校の低学年の書く基礎訓練は、こうしたEssayの土台作りであると明確な目的をもってカリキュラムが組まれています。

私はここ数年、子どもの宿題を見ながら、イギリスのカリキュラムにはすごい経験と工夫がつまっていると、感心し続けてました。 そう思い続けながら、何もしていなかったけど、子どもの手が離れたこの機会に、このイギリスの国語としての英語の書きと話しの教育について、存分に調べてみたいと思い始めたわけです。 

だから、イギリスのいろいろな小・中学校を訪問して、先生方の話しを聞いて、イギリスの教え方を現場で調べながら、教育の方向を決める政府や教科団体(というものがイギリスにはあります)についてもくわしく調べるというのが、もし博士課程に進めたら、私の研究の大きな柱になると思います。 イギリスの小・中学校を調べるのって、楽しそうじゃないですか。 個人ではなかなか実行に移せないけど、大学の研究という目的がはっきりあって、学位研究をしなくちゃいけないと切羽詰まれば、思い切って行動に移せそうに思います。

そうやってイギリスの英語の書き方、話し方の訓練のシステムを調べれば、日本人が学べるものががたくさんあると、私は感じています。

続く

コメント

こんにちは~!再びお邪魔します!
イギリスでは、そんなにエッセーライティングの指導があるんですね~~~(@@;)日本とはえらい違いだ。。

>国語教育が大事だから、英語より国語をするべきだ

私も、そのようには思いません。やっぱり、日本語ならではの奥ゆかしい(?)表現や間を学ぶのも大事ですよね。そして、まったく別物としてエッセーライティングを含めた英語を教えるべき(そういう英文を読むだけでも?)かなーって思いますた。

はじめまして。
多読のブログを見ていたら、こちらにたどり着きました。
小学2年の息子に英語の多読を始めたところです。

日本の国語教育も、ちょっとづつ変わってきていると感じます。
去年小学校に入学した息子の授業を見て思ったのは、人前に出て
自分を表現することを、積極的にさせるようになってる!とい
うことです。
日直の子は、前にでて、簡単なスピーチをすることになっていて、
それについて質問を受けたりもします。私が小学生の時には、こう
いうのはなかったように思いました。
あとは、人に分かりやすく伝えるためには、どうやったらいいか?と
いう題材も教科書の中に加わってました。国語というと、物語の
読み取りで、登場人物はどうおもったでしょう?みたいなことばかり
だった時代とは、ちょっとづつ変わってきていると思います。
ただ、書くこと!についての指導は全然ないです。
作文も読書感想文も日記も書いてきなさい、とは言われても、
どう書くのかや、書いてきたものを添削するなどは、全然ないです。
指導するには労力がかかるからなのか・・・。

Essayは、私は大学に入ってから初めて教わりました。最初は、全然
ぴんとこなくて、本当に稚拙なものしか書けなかったです。
日本では、義務教育では全然訓練されてこない分野だと思います。
もうちょっとやったらいいのに、と本当思います。
イギリスのEssayを中心にすえたカリキュラム、
いろいろ教えていただきたいな、と読んでいて思いました。
また、読みに立ち寄ります。

Qさんへ、

小学校2年生の息子さんと英語の多読を始めらたのですね。
これから楽しくて、いいですね!
子どもの耳って、柔軟に音を聴けるのがうらやましいし、ぜひ音もいっぱい聴かせてあげてくださいね。

多くの方の努力で、日本に多読という考えが広まっているのは、本当に素晴らしいことだと思います。
言語習得学でも、多量のインプットなしには言語は身につかないというのは、ほとんど共通の認識ですし、これからは、インプットを効果的に使う方法と、アウトプットをどうするか、という次のステップがさらに議論されることになるのかな、と私は思っています。

私も日本の国語に自己表現や、論理的な表現を教える動きが積極的に入っているということを又聞きして、
いいことだなぁと思っていたところです。娘が小2のころ、イギリスの補習校で「コボちゃん作文」に出会ったときは、目からうろこの思いでした。http://allabout.co.jp/gm/gc/50642/
ただ、書きの指導は、教える側にとても手がかかるので、よほど教育の中で重視されないと、なかなか手がまわらないのが、普通の学校の現実なのでしょうね。

国語でも教えるのが大変な書きを、英語で教えるとなると、これはさらにハードルが高いわけですが、でもそれをしないと、いつまでも日本人が沈黙してただスマイルしているだけになってしまって。 声高に自己主張するばかりで他者を省みないのも国際社会の問題だと思うことも多いですが、バランスよく自己主張と、他者を理解する努力をする人を育てることが、理想ですよね。

ペンちゃんへ

> 早速のコメントありがとうございます! 
> そうですね、日本語と英語が違う文化背景をもとにしている、ということをまず理解しないと英語で効果的に話したり、書いたりできないと思います。
> 日本はもともと人の動きの少ない集団(ムラとかカイシャとか)の中で、共通の価値観を共有している前提で、まわりに不快感や驚きを与えずに、やんわりと自分の考えを伝える方法がとても高度に発展している言葉だと思います。日本の社会も変化しているので、その方法だけでは効果的にコミュニケーションしきれなくなっているという、国語としての日本語の課題もあると思います。 
> 英語の場合、特に国際語という側面で見れば、同じ価値観を共有していないという前提がまずあって、その価値観の違いを、Audienceの違いとしてまず分析して、理解した上で議論を進めるということが必要なのだと思います。 そのことを、やさしく噛み砕いて、どう教えるか、ということが課題ですよねぇ。 
> イギリスのカリキュラムの中では、みんなが違うということを子どもに気づかせるということが、英語教育だけでなく、教育全体の大きな目的として位置づけられているし、多分、アメリカはそのテーマがもっと大きな比重をもっているんだろうと想像します。 イギリスは、「みんな違ってみんないい」、という価値観が、教育全体に貫かれていると私は感じてきました。だから、異邦人の私たちでも、住みやすい。日本は、そうじゃないですものねぇ。 はは、話が大きくなってしまいました(笑)。

Dillさん

興味深く読ませてもらいました。
イギリスに来て5年ほどですが、日本の影がだんだん薄くなってきていること、日本の若者が内向きになってきているみたいなこと・・が、気になっていました。そして、もちろん、自分自身の経験から、意見が言えない、書けない・・これは、英語のせいもあるけれど、そればかりでもないみたい・・・と、なんとなくもやもやしていました。

「小学生に英語!」も始まったみたいですが、よい結果が出るといいけれど・・。

日本の将来、ちょっぴり心配です。・・そんな時、グッドタイミングで、Dillさんに、期待 !!

エコーさん

エコーさん、
励ましありがとうございます。 
ふぅ、なんだかちょっと夢中になりすぎて、すこし冷静になれ、と自分に言っています。(笑)
一方で、こういうちょっと無謀なことは、熱すぎるぐらいの情熱がないと、出来ないかなとも。

あと4年も勉強するのは、この年で(!?)しんどいんじゃないかと思う反面、
やらずにイギリスを去ったら心残りだろうと、思ってみたり。
一人で本に埋もれて部屋に缶詰になるより、イギリスの自然を楽しんだほうがいいと思ったり(笑)

そうそう、エコーさんのご当地映画,History Boysで、見た下の場面が今になってしきりにおもいだされれます。私もそれを考える年になりました(笑!)

Quote
Mr Hectorは、人生は、Parcel を受け取り、それを感じ取り、次の人に渡していくことだ、といいます。 
「Boys、次の人に渡すことを学びなさい。」と。

Mr Hectorの言葉

そうやって、人類の歴史が作られてきたんですね~
例えば、日本にいる息子たち(もう成人してるんですよ・・)に、わーわー、言っても犬の遠吠え。しっかり考えて、筋立てて社会に発信できるだけの自信と基盤ができたら、素敵かも・・・。大変ではありますけどねー。頑張ってるところを、時々、教えてもらえたら嬉しいです。

Re: Mr Hectorの言葉

> そうやって、人類の歴史が作られてきたんですね~
そうなんですね、今頃になってやっと気づきました。私たちもたくさんのPercelをもらったし・・・

エコーさんは、成人したお子さんがいらっしゃるんですね。 
うちは、もうあと数年で家をでていいくのだなぁ、とそれもこのごろ感じることです(笑)。
いつもコメントありがとうございます!

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Dill

Author:Dill
イギリスのロンドン郊外に住んでいます。 
本は大好き。読む本がなくなると落ち着きません。
とうとうまわりに日本語の新しい本がなくなってしまったので、英語の本を楽しみたいと思っています。

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