英語で本三昧

英語の朗読を聴いて楽しんでいます。 

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子どもたちの希望で、私もあと4年イギリスにいることになりそうなのですが、
この4年に何をするか、いろんなオプションを考えてきました。
そして、今まで興味をもってきたいろんなことをまとめて、もっと考えるために、
イギリスの大学の、博士課程に進もうか、と無茶なことを、結構真剣に考えています(笑)
今私の頭はこのことでもやもやしているので、このブログの方向をちょっと変えて、しばらく英語の学び方の新しい方向について、私がぼんやり考えていることを書いてみたいと思います。

私が研究してみたいのは、自分の考えを英語で話したり、書いたりして、異国人に伝えることを、
もっとたくさんの日本人が、恐がったり、億劫に感じずにできるようになるには、
どのような英語との付き合い方が効果があるか、ということです。

私は日本を離れて久しいし、まわりに日本の方がほとんどいないので、頭の中のイメージがmake senseか、どうも不安です。それで、ブログで相談してみよう、と思い立ったわけです。

堅い話しですが、できるだけやさしく書きますので、私の考えを読んでくださるとうれしいです。 そして、
-みなさんはどう思うか、ご意見をきかせてくれませんか?
-どなたか、私と同じようなことに興味をもっている方をご存知でしたら、紹介してくださいませんか?
と思っています。

私はイギリスに住んで9年目、その前にアメリカ、中国と外国住まいが長いのですが、このところ、海外で日本がかすんできたんじゃないか、と感じてます。
1990年の初め、アメリカにいたころは、日本は経済力がみなぎり、世界の注目の国でした。
でも今は、海外では日本人も減ったし、テレビで取り上げられることも少なくなり、留学生も、がくんと減りました。 工業製品も、ゲームは別として、ブランドが高級化はしたけど、特にメジャーじゃなくなったような。 中国、韓国の方が、のぼり調子なだけ、勢いと存在感があって、これからもっと日本の存在感は下がっていくのかなぁ、とも。
いろんな調査では40年後には、日本のGDPは世界の10位ぐらいだそうですし。(*)

日本が世界No2の経済大国じゃなくても私はいいと思うのですが、でも普通の国になったら、他の国がわざわざ日本の意見を聞いてきてくれたり、日本の立場に配慮してくれたりしないですよね。
日本も、ちゃんと、世界全体の議論の流れについていって、タイミングよく、自分の意見を、相手が納得するよう伝えないと、この世界で日本人の考えが反映されず、住みにくくなりかねない。
私は、これから日本人が気持ちよく世界で暮らしていくには、日本人の多くの個人が、英語で自分の意見を話したり、書いたりできることが必要だと思うのです。

外国語は英語だけじゃない、他の言葉も大事という意見もあって、私も2-3の外国語を勉強するのはすばらしいと思いますが、世界で何か大事な議論がされるとき、英語が圧倒的に一番多く使われているのが現実ですし、部分的に様々な言葉が使われても、全体の流れが英語で議論されることは変わらないと思います。

英語が必要な日本人の数は限られていて、すべての人が英語を学ぶのは無駄だという意見もありますが、現在の私たちの社会はそうでも、今の子どもが社会に参加するころには、もっと多くの人が英語を使う機会をもつと私は思います。
それは、世界の活動が、どんどんとインターネットを舞台にするようになり、インターネット上では国境がないからです。

世界のどこかので場所を決めて開かれる会議と違い、インターネットは、誰でも、家から参加できるのですから、断然安くて、断然早いですからね。
だから、インターネット上で、国を超えた人が協力して、世界を巻き込む新しいアイディアが生まれ、育ち、広まるし、世界的な活動のいろんなルールや方向もインターネットでカジュアルに議論されて、方向が決まっていく。
文字のコミュニケーションにだけでなく、Skypeなどで英語で話して議論することも増えそうです。

たとえば、LibriVoxが、カナダ人のHugeの思いつきから始まり、アメリカ人のコアメンバーのすばやいサポートで、具体的な形ができあがり、あっというまに世界中の人が集まり、様々な言語の朗読を集める世界規模のインターネット朗読図書館となったように・・・
優れたアイディアは国境を越えて雪だるまのように参加者を増やし、その参加者たちは、自由に英語をメインにすえて議論しながら、活動をのばしていくと思います。

そして、その国境を越えて協力しあう活動は、英語が当たり前で必要とされる分野にかぎらず、思いがけないところで始まり、思いがけない形で、進化していく。
たとえば、GoogleMapなんて、数年前までは普通の人には想像もつかなかったけど、今や、GoogleMapナシの生活なんて不便で考えられない。
次の10年に、どんな分野で、どんな新しい動きが生まれるか、わからない。

今は日本のローカルな活動だと思っていても、どこかで世界につながり、活動が外に出ていくことが増える。あるいは、日本のローカルな活動に、世界の方から、仲間に入りませんかと、誘いがかかる。 それどころか、日本だけでやっていきたいと思っても、いやでも海外の動きに反応しないと、思い通りにできなくなってしまう。
近海捕鯨なんて、日本のローカルな問題だったけど、今や、世界全体の問題となり、自分の立場をはっきりと、説得力をもって世界に訴えなくてはいけなくなっている。

しかも、国境を越えたインターネットの共同作業では、選ばれた人だけがグループを代表して、意見を言うのではなく、フラットにだれでも参加できることが多いし、ぱっと意見を言えます。 国際的に発言するには、中身が大事、英語への翻訳は専門家にまかせればいい、という議論も聞きますが、インターネットの発言は、個人だから専門家に相談する予算なんてないし、そんなことをしていたら、タイミングを逃してしまう。

英語が恐ければなかなか発言できないし、黙っていれば何もできない。ネイティブのような英語の必要はないけれれど、言いたいことがあれば英語で言わなきゃいけなくなる。
それが、いいか悪いかの議論は別として、英語でうまくコミュニケーションできるかどうかで、その個人やグループの、やれることの広がりや、意見が反映されるかどうかが大きく左右される。
英語より大事なものはいっぱいあるけど、英語が苦手だと出来ないことも増えてくる。

今多くの国で、子どもの英語教育に力を入れているので、あと10年もすれば、英語で自由にコミュニケーションできる人は、世界でぐんぐん増えると思います。その時、日本はどうなのか。
データを見ると、日本人が他の国の人に比べ、英語が苦手だという説は、世界的な比較でかなりはっきり示されているな、と思います。

修士論文を書く際に、TOEFLのスコアの分析をしました。まとまったスピーキングやライティングが重要になったTOEFLで、日本人のTOEFL平均点はずっと最下位あたりですが、ここ数年英語に力を入れている国の点数があがりつつあるなか、変化の小さい日本はビリあたりのまま、むしろ、差がひろがっている感じ。(このページにその時の比較をまとめました

今まではTOEFLの日本の受験者数が圧倒的に多いから、平均的日本人の英語の得点と、エリートだけがうける他国と比べても意味がないという議論もあったのですが、他の国の受験者も増えているし、韓国の受験者は人口比率では3倍になりました。 2005年以降の受験者数がわからないので、これ以上の議論はできないけど、普通の人のスコア対エリートのスコアという説明は、今では説得力が弱い。

そんなわけで、まだまだ日本は、新しい英語との付き合い方をさがす必要がある、思うのです。

続く

(*) 2050年のGDP(国民総生産)予測はいろんなところから出ています。
Wikipidaのこのページ半ばのリストが見やすくて、ここでは日本は8位。アメリカの有力な投資銀行、ゴールドマン・サックスの予想は日本に厳しくてトルコに続く、世界11位(P4)、プライス・ウォーターハウスは、日本の評価が高く、ビッグ3に大いに遅れるものの、世界4位、といろいろです。 結局2050年にどこにたどりつくかは、私たちの子どもたちの、世界で生きる力次第というところでしょう。
ただ、一人当たりのGDPとなると、今でも日本は6位で、個人の生活は決してトップクラスの豊かさとはいえないのですが・・・

コメント

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こんばんは!
修士のあとの博士!すごいですね!頑張ってください。
私が思うに、英語以前の問題で、そもそも自分の意見を言うっていうことが重要視されてないことが問題なのでは・・・と思います。
参考URL
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100921/216311/

先の総理大臣でKY(空気読めない)って言われた人がいましたけど、日本ではそういうコンテクストな交流の仕方が否定的に感じられるのだと思います。(英語を使うか使わないかにかかわらず)
それが、国際的な競争力の低下もあって、日本は海外からどんどんスルーされるようになってきているような・・>汗
そうすると悪循環で、スルーされてるから話す必要もないわけで。

確かに、日本語の会話に慣れてると、英語の直接的な表現って違和感ありますよね。。。これは私が英語を最初に学習したときの感想ですが。
それって意外と英語学習の大きな壁なのかもしれないな~って書いてて思いますた!

私もそう思います。ぺんちゃんへ


おはようございます! コメントありがとうございます。 はは、私も英語でしゃべり始めた頃は、英語のストレートさが、無礼な感じで、へんな気分でした。

私も、実は、英語の書きと話しをつきつめて考えると、日本人は、異文化とのコミュニケーションのやり方を習っていないことと、説得するために、客観的に書く、話すという訓練が欠けているのではないか、という国語教育の問題に行き着くなぁ、と感じます。

教えていただいた日経OLの記事も、その通り!という感じです。
ただ、往々にして、国語教育が大事だから、英語より国語をするべきだ、英語はあとでいい、という議論には、私は賛成できないのです。 異文化コミュニケーションも、英語もどっちも自分でひとりでできることが必要で、教科の垣根にこだわらずに、国語も、英語も、異文化理解(社会?)も、みんないっしょにやったらいいと思うのですが、現場を知らない門外漢の私のこんな考えは無茶かなぁ。。。なんて、そんなことを悶々と感じていて、そのままにしておくより、ちゃんと調べてみよう、と思ったわけです。

私もぺんちゃんのブログ、時々おじゃましてます。
コメントいただいてうれしいです。 これからもどうぞよろしく。

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Dill

Author:Dill
イギリスのロンドン郊外に住んでいます。 
本は大好き。読む本がなくなると落ち着きません。
とうとうまわりに日本語の新しい本がなくなってしまったので、英語の本を楽しみたいと思っています。

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